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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)2711号 判決 1971年8月18日

原告 株式会社 水野屋商店

右代表者代表取締役 今宮時二郎

右訴訟代理人弁護士 水野東太郎

同 海地清幸

被告 中田新作こと 尹命潤

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 渡辺綱雄

同 小村義久

主文

被告尹命潤及び同尹義男は原告に対し、連帯して金七〇四万三三六四円及びこれに対する昭和四二年三月三〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

被告尹命潤は原告に対し、金三万九四四八円及びこれに対する昭和四二年三月三〇日から右支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

原告の被告尹義男に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、各被告に対して、各金一二〇万円の担保を供するときは、当該被告に対して仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が和洋酒類の販売等を目的とする株式会社であること、被告尹義男が昭和三九年二月二七日以降においてキャバレーを経営していること(同被告が同日以前において、また被告尹命潤と共同で、キャバレーを経営していたか否かの点は措く)は原告と被告らとの間に争がなく、≪証拠省略≫を総合すれば、中田新作こと被告尹命潤は、中野区中野二丁目一〇二番地(旧表示同区中野駅前七番地なお、更に最近の表示は同区中野二の二六の一一)所在家屋番号同町七番四七木造瓦葺二階建店舗一棟(以下甲建物という。)を昭和三〇年の頃に、また同被告の妻中田伸枝こと劉載任は、右建物の隣に(所在地番の表示は、右と同じ)家屋番号同町七番一〇木造瓦葺二階建店舗一棟(以下乙建物という。)を昭和二七年の頃に夫々取得し、甲建物の一、二階においては、昭和三〇年頃から同三九年四月頃にかけて「焼鳥キャバレー富士屋」(右期間の後半頃は、「キャバレー富士屋」の商号に変っていた)が、また乙建物一階においては、昭和三一年頃から同四一年にかけて喫茶店「ヴェニス」が夫々営まれ、被告命潤の父中田春吉こと尹斗成は乙建物二階に昭和三七、八年頃まで居住していたこと、昭和三九年二月頃甲乙両建物の二階を通して「クラブフジ」が、また右「キャバレー富士屋」は遅くとも同年四月には廃業となって、そのあとに同年一二月からスマートボール遊技場が夫々営まれ、乙建物における右喫茶店が昭和四一年に廃業となったあとには、ダンスホール「スイングホール」が営まれたが、同店が短期間で廃業となったあとは、クラブふじ附属の更衣室として使用されていること、ところで「焼鳥キャバレー富士屋」の所轄保健所による営業許可の名義人は尹斗成であったが、同店の営業は、暫くの間、斗成と親戚の間柄にある宇野勝三が事実上の担当者となって、営まれており、同店で使用する酒類等の取引は宇野が原告との間で注文・支払等をなしていたところ、昭和三五年頃被告命潤は宇野に代って右店舗の営業をなすに至ったこと、そして右営業担当者の交替の際においては、同被告が原告方に赴いて「キャバレー富士屋」および「喫茶店ヴェニス」の記載のある同被告の名刺(同被告名には、なんらの肩書の記載もない。)を差出すとともに、右キャバレーの営業を引継ぐことになったから、酒類等の取引を同被告との間に継続してもらいたい旨を申入れ、原告は同被告個人が新たな営業者であると信じて右申入れを承諾したこと、ところで右名刺に記載されてあった右両店舗の電話数本の加入権者はいずれも同被告であり、かくして開始された同被告と原告間の酒類等の取引における買掛代金の支払は同被告によって小切手或は現金等でなされ、小切手の場合は、同被告名義のほか、中田春吉や第三者の名義で振出されることがあったこと、ところで右取引については、同被告の税務対策上の考慮に基づく申入れにしたがって、原告は「ミスクラブ」なる架空名義を設け、同名義の取引分と、右キャバレー富士屋の表向きの分とに分けて記帳処理をなしていたこと、かくするうち、昭和三九年二月頃前記「クラブふじ」が開業されたが、同店の所轄保健所による営業許可の名義人は、当時、大学に在学し、二一才であった同被告の息子中田義男こと被告尹義男であり、義男も同店の経営に携わり、また同店の営業に関する事業税等は義男名義で以後継続して納入されることとなったけれども、実際の右営業においては被告命潤が重きをなし、従業員は同被告をマスター或は社長と、被告義男を専務と呼んでいたこと、しかも、原告とクラブふじ間の取引における注文・代金の決済等は「キャバレー富士屋」の場合と変りなく、毎月末日締切り翌月五日払を建前とし、また、右取引中、「ミスクラブ」の架空名義を設けての処理も以前の同名義分の記帳計算に引続いて区別なくなされていたこと、因に前記「キャバレー富士屋」の廃業の原因は脱税のための多額の追徴金等の支払に窮したため、というところではあったが、被告命潤は原告に対し、クラブふじ開業後の昭和三九年九月頃までにかけてキャバレー富士屋の「ミスクラブ」分の買掛代金の支払をなしていたこと、ところで、ミスクラブ名義分の取引残高が昭和三九年一一月末日現在において二五〇万円近くになっていたため、その支払のために、被告命潤は原告に対して同年一二月三一日頃に額面二五〇万円、満期を昭和四〇年一二月三一日とする約束手形一通を中田春吉名義で振出交付し(当時、原告の帳簿上は二五〇万円余であったため、二五〇万円については右手形で、端数は現金で決済をうけたが、その後、右取引残高は二四七万八九二九円であることが判明して、右手形金額との差額の超過分は、以後の取引において精算された)、同時に、被告命潤は、税務対策を一層徹底させんものとして、以後の取引に関しては、「ミスクラブ」の記帳を廃して、代りに原告は取引の一部を原告方における店頭販売分として伝票にて処理するとともに同被告は、この分について現金払とする方法を採るよう求め、原告もこれに応じたが、前記手形はその満期に決済されず、その頃同被告の懇願によって、更に一年後の昭和四一年一二月三一日を満期とする中田春吉振出名義の約束手形と差替えられたこと、そしてまた、クラブふじの取引のうち、右店頭販売とする分以外の、いわば表向きの取引分の代金支払は、右書替の前後頃においては半年から一〇箇月位も遅れるようになっていたところ同被告は原告に対して右遅滞の支払は、「土地が売れたら支払うから」などと云いわけをするところであったこと、ところで、前記喫茶店「ヴェニス」やダンスホール「富士スイングホール」において使用する酒類等の取引はいずれも、原告との間においては被告命潤が、右各店舗の経営責任者としてなされていたものであるところ、同被告は「ヴェニス」の取引の支払にあたっても中田義男名義の小切手を振出すことがあったこと、かくするうち、昭和四一年一二月二一日に、被告命潤を代表取締役、被告義男を取締役、被告命潤の娘尹充枝を監査役とし、貸ビル並びに百貨店経営等を目的とする富士会館株式会社が発足し、翌四二年一月五日に乙建物の所有権は劉載任から右会社に移ったが、右発足にあたっては、かねてから、被告命潤が、原告に対し、出資を求め、原告は、これに対して、売掛金決済が先決であるとの態度であったところ、昭和四二年一月二〇日頃に、同被告が原告方に赴き、前記書替の手形金支払として二五〇万円の提供をなすと引換えに直ちにその提供金の出資を求めたところ、原告は、当時、相当の額に達していた後記認定の売掛代金の決済が出資の先決条件であると申し向けたところから、両者間に対立が生じ、酒類等の取引も遽かに断絶することとなったこと、ところで被告命潤及び同義男は「クラブふじ」の経営者が「キャバレー富士屋」の経営者と異るものであることを同クラブの開業にあたって原告に知らせることもなく、原告は同クラブも「キャバレー富士屋」も経営者は被告命潤であると信じて、同クラブで使用する酒類等の取引を継続していたのであり、被告命潤がミスクラブ或は伝票処理の分も、表向きの分もともに、原告に対し、現金或は小切手等で支払をなしていたことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

被告らは、昭和三九年二月以降において、クラブふじを経営する者は、被告義男一人であると主張するけれども、右認定の諸事実に前記争ない事実等をあわせ考察すれば、クラブふじの経営は、実質的には、被告命潤と同義男との共同経営にかかるものであり、各被告ともその経営にあたっては、相互に代理する権限を与え合い、各自が単独で代理する権限を有し、且つ経営上常務に属する事柄は単独で決しうるところであった(民法第六七〇条第三項参照)と認めるを相当とすべきであるから、前認定の如く、原告に対する関係において、被告命潤がクラブふじは被告義男の単独経営にかかることを明示することなく、同クラブで使用するための本件酒類等の商取引行為をなしたことは、他に特段の事情について認めるべきもののない本件においては、被告命潤が当事者としてなしたものであると同時に、共同事業経営者の一員たる被告義男について顕名せざる代理人としてなしたものであって、被告義男は原告に対して商法第五〇四条本文の関係にたって当事者本人としての責任を負うべく、両被告の右取引代金支払債務は、同法第五一一条に基づいて、(民法第六七五条の適用もしくは準用をみることなく)連帯債務関係にたつものと解すべきである。

そこで、先づ「クラブふじ」で使用すべく取引された酒類等の売掛代金債権の存否数額について検討するに、被告義男は、昭和四一年一二月一日から同四二年一月二六日までの間において、原告主張の別表(三)の番号七三から九四までの取引分金八二万六一〇二円、別表(四)の取引分金一三五万二、三二二円合計金二一七万八四二四円の債務が未払として残っていることを認めるところ、≪証拠省略≫によれば、前記「ミスクラブ」名義の昭和三九年一一月末日現在における取引残高は金二四七万八九二九円であるところ、同年六月一日以降右時点までの間における右名義の取引総額は別表(一)記載のとおり二〇三万円余であり、しかも昭和三九年五月一日以降同月末日までの一箇月間における同名義の取引総額は四七万円余であったことは明らかであるから、前記額面二五〇万円の書替手形は、前認定の被告命潤のなした支払が順次先に支払期日の到来した取引分に充当されていった結果、全て「クラブふじ」の取引分のみにかかるものとして残った額の支払のためのものであったと認めるべきであり、「クラブふじ」取引分のうち、前記のいわば表向きの分として、原告が昭和四一年五月二日から同月三〇日までの販売内訳として主張するところの別表(二)記載の取引(合計金二七万九〇九八円)、同じく同年六月一日から昭和四二年一月二七日までの販売内訳として主張するところの別表(三)記載の取引(合計金二九一万一九四四円、このうち一部については、被告義男との間において争ないことは前記のとおりである。右表向きの取引分については、昭和四一年一二月三〇日にようやく同年四月分金三七万四六七〇円が支払われており、その後の支払はない。)、前認定の伝票処理分(原告はミスクラブ名義分として主張するけれども、原告において同名義の記帳を廃していることは、前認定のとおりであるから、むしろ、伝票処理分とでもいうべきである)として主張するところの別表(四)記載の取引(合計金一三五万二三二二円、この分については、原告義男との間において全て争ないことは、前記のとおりである)は、いずれもその主張のとおりであること(右各金額総計金四五四万三三六四円)を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

そして被告らは以上認定の売掛代金残額については、前記被告義男において認める分を除き、全て弁済している旨を主張し、≪証拠省略≫中にはこれに副う如き部分があるけれども、右結果は措信し難く、他には右主張事実を認むべき証拠はなく、却って、前記各証拠に照らして、右売掛代金残額は未払として残っていることを認めることができる。

次に、原告が「富士スイングホール」分の売掛代金債権として主張するところを検討するに、≪証拠省略≫によれば、別表(五)記載のとおり、売掛代金合計金三万九四四八円が未払であることを認めることができるけれども、前認定の事実に徴すれば、右代金は被告命潤において支払をなすべきことは明らかであるが、被告義男において、右支払の責任ありとすべき事情については、その主張の共同経営の事実についてこれを認むべき証拠はなく、他には原告の主張立証しないところである。

そうすると、被告らは原告に対し、連帯して前記書替手形金相当の二五〇万円及び別表(二)ないし(四)の取引代金総額金四五四万三三六四円以上総計金七〇四万三三六四円並びにこれに対する各支払期日の後にして本各訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかである昭和四二年三月三〇日から右支払済に至るまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金を、また被告命潤は前記別表(五)の取引代金総額金三万九四四八円及びこれに対する右同日からその支払済に至るまで、右と同率の年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべきであるから、原告の本訴請求は、右義務の履行を求める範囲において理由があるからこれを認容すべきであるが、その余の部分(被告義男に対する別表(五)の取引代金及びその遅延損害金の支払を求める部分)は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健嗣朗)

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